日本水中科学協会

日本水中科学協会Japanese Academy of Underwater Sciences

1 総論

1.1 基準と活動ガイド


1.1.1 はじめに

活動の成否は、計画の適否によって定まる。
ダイビング活動の目的や任務、達成目標、また活動する場の状況や環境に合わせて、活動に参加するダイバーの技能、能力、経験を考慮して計画を立て、計画書を作成するが、計画は基準に沿って立てられ、その計画の適否は基準によって判断される。

スクーバ・ダイビングは、確率は低いが、不合理な行動をすれば事故が発生し、事故の結果は重大な結果につながることが多い。もしも事故が発生した時に、その原因、責任がどこにあるか、基準と照合して判定する。すなわち、基準が守られているならば、事故の発生は不可抗力と判断される。

経験豊富なエキスパートは、それぞれ、頭の中に基準も持っているし、活動を開始する時点で計画を立てている。しかし、それは文書化されていなければ、参加ダイバーの共通認識になり得ない。そこに事故生成の要因が生まれる。

頭の中に基準も計画も持っていない初心者、そしてリーダーの活動は、トラブルが起こって当然であるが、スクーバ・ダイビングの場合、それでも事故に至るケースは希である。稀であるために、これまで大丈夫だったから、今度も、そして今後も大丈夫という怠慢が生まれる。そして低い確率であるが、事故が起こる。低い確率であったとしても、事故が起これば、その時点ですべては終わる。

その低い確率で起こる事故に備えて、基準を作り、計画を文書化してダイビング活動に携わるダイバー全員に徹底させなければならない。それが低い確率であるが故に、事故にそなえることは困難であり、苦痛ですらある。確率の低さもスクーバ・ダイビング事故の要因である。責任体制が確立していないと、それは不可能に近い。一方、ダイバーは自由人である。自由であり、自律することを好む。そこに楽しさがなければ、責任体制の維持は困難である。

参加ダイバーの知識、技能の判定は、共通認識となる認定がなければ、行動の役割分担、責任体制の構築も不確実になる。基準と認定は表裏一体のものであり、基準には、参加ダイバーの知識と技能、認定の次元が含まれる。

現状では、ダイバーの知識と技能の講習についての基準はあるが、それは楽しさを追求するレジャー・ダイビングのためのものであり、活動の目的や任務、達成目標を持つ活動ダイバーのための講習基準は明確には存在せず、レジャー・ダイビングのためのものが流用されている。また、活動のための基準については文書化されたものはなく、エキスパート・ダイバーの頭の中にあるだけであり、その共通認識が安全を支えていた。

ダイビングの活動基準の作成は、容易なことではない。使用する器材、技術は日進月歩するし、運用するダイバーの判断力、価値観、個性もまちまちであり、エキスパートの頭の中にある基準の不揃いも共通の基準の制定を難しいものにする。

基準は錯綜する条件を簡素化し、現場で適用され得るように簡潔でなければならない。
ダイバーの知識と技能の認定基準、トレーニングの基準は簡潔でも理解出来るが、活動の基準は、基準だけでは、どのように運用したら良いか、理解の徹底が難しく不確定になる。基準を運用するためのガイドラインが必要になる。

基準は護らなければ事故の責任を問われるもの、活動ガイドは、工夫が加えられ、その結果がフィードバックされるべきもの、マニュアルは、現場でそれぞれのグループが適宜に選定し採用し、運用するものと考える。

以下ここに述べるものは、活動基準と活動ガイドであるが、これは出発点であり、方向付けである。実際の現場での実行の結果について、ディベートが行われ、改訂を継続する。基準も活動ガイドも、さらにマニュアルも生きて流動するものである。検討会は定期的に開催し、その成果をまとめてシンポジュウムで発表し、その結果を活動ガイド、マニュアルに、さらに基準に反映させて行くことが、水中科学協会の主要な活動の柱である。

スクーバ・ダイビングは知的な活動である。活動の対象、目標が知的探求活動であることはもちろんであるが、スクーバ・ダイビングの運用研究も知的探求活動として面白く、興味深い。運用研究を通じて、会員の共通認識によって、協力関係が強化されることを目指す。

スクーバ・ダイビングの活動分野は、海はもちろん水中のこと全般である。それぞれについて、活動ガイドとマニュアルの研究ができる。水中撮影についても、リサーチ・ダイビングについても、環境保護あるいは保全活動についても、それぞれの分野について、基準と認定を基本ベースとして、ガイド、マニュアル、テキストと考えを逆に辿ることも出来るし、実際のダイビング活動に反映させて遊ぶこともできるし、結びつけて技術の開発もできる。水中科学協会をダイビング技術、マニュアル、ガイド、基準の検討、研究の場とする。

1.1.2 認定基準

自分の判断と責任で自分自身の安全を確保することがスクーバ・ダイビングの原則である。しかし、自分自身の安全を確保する能力の有無を確認しないで、自己責任を強いることは出来ない。水中活動を安全に行うためには、能力を確認する基準を満たし、自分の責任で自分の安全を確保して活動しなければならない。

@ 資格基準
どの程度の危険を回避できる能力、知識、経験を持っているのかを裏付ける経験とトレーニング状況を確認し、認定するための基準である。

A 許容活動範囲
バディ・システムでの役割分担の範囲、活動できる海況、深度の幅、活動できる環境、活動の目標設定の適否などの許容活動範囲を定める。

1.1.3 トレーニング基準

@ 達成基準:認定のために達成しなければならない基準
A 安全基準:危険なトレーニングを行わないための基準

トレーニングについて基準は遵守しなければならないが基準に適合していれば、マニュアルは自由に、置かれた状況に併せて工夫され作り出されたもので良い。

トレーニング・マニュアルとして文書化されるものは次の三項目である。
@ トレーニングのプログラム(カリキュラム)
A 実施する要領の説明
B 使用するテキスト

1.1.4 活動基準

責任体制と危機管理について定め、活動計画書の書式を定める。
ここで定める活動ガイドは、もしも事故に類する事態が発生した時、責任者が活動基準を守っていれば、責任者には責任が無い、参加ダイバーが守っていなければ、責任はそのダイバーにある。したがって、責任者もメンバーも活動基準を守っていて発生した事故は、不可抗力に近いと言い得るものである。

具体的な活動計画書の項目:
@ 活動の分野と内容
A 知識・技能程度の判定
B 責任体制
C 海況条件

1.1.5 活動ガイド

活動基準を適用し遵守するためのガイドラインで、バディ・システム遵守の手順、健康状態の適否、危険の告知と免責同意、減圧、計画書作成の要綱などを述べる。

1.1.6 認定

基準もマニュアルも実行されなくては意味がない。実行するためには、それを実行するだけの実力が必要である。自分の力で生き残れる能力のない者にそれを強いてはいけない。その知識、技能、経験を獲得出来るまでは、仲間のダイバー全員で守る。

この認定は、規定の課目が修了したことを証する修了証ではなく、統括責任者とコーチが認め、ダイバー自身も納得出来た、という確認の宣言でもある。

認定に達する知識、技能、経験の条件は後述の認定基準に示す。またそのために要求されるトレーニングについては、トレーニング基準に示している。

ダイビングは、一度認定を受けたからと言って、生涯その状態が保持されるものではない。生涯にわたって継続的なトレーニングと経験が必要であり、能力を維持するためのトレーニングと経験が途切れた場合には、再教育が必要である。日本水中科学協会の認定は2年を有効期限として、その都度、統括責任者とコーチが状態を判定して更新の申請をする。

1.1.7 基準の遵守

以下に述べてゆく活動基準や活動ガイドは、正確には守り得ないように思えるかもしれない。基準は理想でしかないと言われるかもしれない。

しかしながら、ここに述べる活動基準と活動ガイドは、もしも、重大な事故が発生した場合、事の次第と軽重を計る訴訟が起きないように、または万一訴訟を起こされたとしても、基準を遵守していることによって、勝訴することを目標としている。

メンバーであるダイバーが自己責任であると同様に、統括する責任者、およびコーチも自己責任である。自分の責任とその結果のすべてを引き受ける覚悟において基準を曲げる、あるいは無視することもあり得る。

訴訟が発生した場合、その責任の有無、軽重は、基準によって測られる。だからこそ、活動の基準はこれまで作られなかった。作り得なかったと言って良いかもしれない。

長い経験を持つプロフェッショナルであるならば、自分の責任で基準と異なる行動をとることも予想される。また、基準を守っていては目標を達成できない事態も考えられる。自分の判断と責任で活動を決定する。

スクーバ・ダイビングの活動基準がもしも、公的な基準として作られるならば、反対しなければならない。公的な基準は固定されてしまう。固定されないまでも、実際のダイビングを反映してしなやかに改変されることは無くなってしまう。一つの例が潜水士の規則である。規則はおおざっぱなものであり、細部を決めたものではないが、それでも現状にそぐわなくなってしまっている。何度も、迷惑なほど改訂を繰り返している潜水士テキストでも、枚挙のいとまもないくらい現状には合わなくなっている部分がある。

マニュアルはもちろん、基準も現状にあわせて常に改訂が加えられている必要がある。
その改訂の作業は、なるべく多くの人の声を集め、守り得るものでなければいけないし、また不都合や、事故例に合わせ、器材、技術の進歩も取り入れられなければいけない。日本水中科学協会は、このための月例会とシンポジュウムを企画し開催する。

1.2 スクーバ・ダイビングの相(フェイズ)


1.2.1 講習

その人にとって未知である知識や技術を教えるために、期間を限定して行う、例えば既存のエントリー・レベルの認定講習会などがこれにあたる。

1.2.2 トレーニング

講習とトレーニングの境界は、期限が切られていれば講習、講習終了後、日常的に長期間にわたって行われていればトレーニングと考える。一般に行われている認定カード取得のための講習は、明確に講習である。

報酬を受けているコーチ、あるいは監督が指導していても、期限を限らず、継続して日常的に行われる場合にはトレーニングである。

1.2.3 水中活動

スクーバを使用し、あるいはスキン・ダイビングで、目的や目標を持って海、あるいは陸水で行う活動で、日本水中科学協会では、アマチュアとプロフェッショナルの二つのカテゴリーに分け、それぞれ四つの分野に分ける。

1.3 活動分野


1.3.1 アマチュア(Amateur)

スクーバ・ダイビングによる活動をアマチュアとプロフェッショナル二つのカテゴリーに大別する。

A:レジャー・ダイビング(Leisure Diving)
@ スクール(School)
A ツアー(Tour)
B フィッシュウオッチング(Fish watching)

レジャー・ダイビングは、遊び、楽しみを主たる目的にし、安全が唯一の達成目標である。

複数のインストラクターあるいはガイド・ダイバーの直接安全管理(後述)を受けることが望ましい。

水中科学協会では、レジャー・ダイビングは活動範囲に入れていない。レジャー・ダイビングは、インストラクターおよびガイド・ダイバーの安全管理下の活動であり、ダイビング界のビジネスとしての分野である。また自立したダイバーの活動ではないので、日本水中科学協会の活動分野とは考えないが、レジャー・ダイビング活動も自立したダイバー育成のための必要経験時間に入れて数えることができるし、経験時間数にいれることもできる。

B:スポーツ・エキスペディション(Sports Expedition)

レジャー・ダイビングの延長線上にあるが、明確な達成目標を持つ、あるいはタスクが伴うものである。

@ 水中撮影(Underwater Photo/Video)
A ボランティア活動(Volunteer activity)
自然保護、環境保全活動(サンゴの保護、磯やけ防止、藻場の調査と保全活動)
B 探検(Expedition Tour)
(沈船、地形、流れ、洞窟)スポーツクラブの遠征
C スポーツダイビング(Sports Diving)
スポーツ性の強いダイビング(スキン・ダイビング、ドルフィン・スイミング、競技性のあるダイビング)
D 学生のクラブ活動(Student Club)

上記の目的項目いずれについても、その対象については、テキストがあり、その内容も研究されているが、どのように行動すれば安全なのか、その方法と基準がない。たとえば、水中撮影は、撮影の方法、何をどんな風に撮れば良いのかについては、多数のハウ・ツゥー書籍が出ている。しかし、撮影に熱中してバディとはぐれないようにするのはどうしたらよいのか等の撮影活動の安全確保についての共有すべき基準は見当たらない。

目標を持っても安全第一であることにかわりはないが、目標を持つことによって、バディは離れやすくなり、フォーメーションも崩れやすくなる。基準とマニュアルの遵守が必須になる。

C:サイエンス(Scientific Diving)

@ 調査(Research)
A 採集(Sampling)

専門知識を持つ研究者(科学研究の専門家)のためのスクーバ・ダイビングである。水中、海中の事物についての研究には、研究者自身が直接水中に入って調査する、あるいは自分の眼で見て選択して採集することが必要である。

スポーツ・エキスペディションよりも目標に対するモチベーションが高くなる。サイエンス・ダイビングは、アマチュアの範疇に入れているが、その内容は実質的にプロフェッショナルのダイビングに近い。

1.3.2 プロフェッショナル

プロフェッショナルとは、活動の対価を請求し得る専門知識、技術、経験を持つダイバーとする。
ボランティア活動などで、対価を請求しない場合であっても、能力として対価を請求し得ればプロフェッショナルである。ダイビングについて、より厳しい姿勢、より厳しい責任を負うことになる。

また、状況によっては、危険に遭遇することも多く、克服できると判断した危険を冒すこともある。その家族や利害関係者は、何が起こっても当然と思わなければならない。

保険については、家族も含めて納得の行くものであることを確認した上で、それ以上の責任を他に求めることはできない。例えば雇用関係にある会社や組織が、死亡1,000万円の傷害保険に加入して、それで本人が納得しているならば、家族は、その支払い金額以上の請求をするべきではない。危険を冒すプロフェッショナル・ダイバーは、家族が納得するだけの生命保険に加入しておかなくてはいけない。

サイエンス・ダイバーは、ほとんどプロフェッショナルのリサーチ・ダイバーと同じか、それ以上の働きをする。しかし、研究者はプロフェッショナルなダイバーではなく、プロフェッショナルの研究者である。その部分を混同すると事故発生の遠因となる。

1.3.3 水中科学協会が扱う分野

水中科学協会では、当面、スポーツ・エキスペディション、サイエンス・ダイビング、プロフェッショナルの三分野、そのうちプロフェッショナルでは、当面、スクーバ・ダイビングが主に使われる分野の(1)から(6)を扱う。現在の送気式潜水器の主流であるフーカー、デマンド・バルブを付けたフルフェース・マスクは、スクーバから派生したものであり、技術的に共通する部分が多いので、(7)から(9)は次の展開のテーマである。

ただし、プロフェッショナル分野のインストラクションについては、既存の認定カード講習は活動分野としない。既にある指導団体のインストラクター資格を尊重する。

水中科学協会にも、既存のダイビング指導団体のインストラクター・トレーナーも加入できる。それぞれのインストラクター・トレーナーが、その所属する指導団体のインストラクターを養成すれば良いし、水中科学協会は、認定カードの発行を行わないので、コーチ、または統括責任者として活動するために、インストラクターである必要はない。必要はないが、インストラクターであることは望ましいことである。

附:用語の定義

世界ではもちろん、日本でもダイビング用語は英語が定着している。あえて日本語にする必要もないので、ダイバーならば誰でもわかる言葉は、英語をカタカナ表記で使用する。
なお、ここで述べる用語は、水中科学協会の基準、活動ガイドおよびマニュアルで使用する用語であり、別のマニュアル、団体の用語として汎用されているものとは限らない。

☆ バディ
二人一組の活動単位
危険が予想される活動を行う際に、二人が一組になって助け合い、可能な限り危険を少なくしようとする行動方式である。バディは、四本の手を持ち、四つの目をもっている一つの有機体のように動くことが理想である。

統計によれば、ダイビング事故の実に59.3%はバディが離れてしまったことに起因している。さらに、エア切れ事故が13%であるが、これもバディが助けられた可能性があったことも考えると、70%以上が、バディがすぐ横にいたら避けられるものであった可能性がある。

プロフェッショナルの特例を除いて、スクーバ・ダイビングではバディ・システムは厳守されなければならない。バディ・システムを如何にして維持するかが、マニュアルの中心課題となる。

☆ ユニット
3人から6人までの活動単位をユニットと呼ぶ。気心、健康状況など互いに認識しあって、助け合う単位である。一人以上のリード・ダイバー(上級者)がまとめて安全管理を行う。最終的には全員がリード・ダイバーの役割を遂行できるようになることが望ましい。

4人、すなわち二組のバディと1人のリーダー、5人のユニットを作れるが、ユニットは必ずしも一緒には潜水しない。バディ単位で別の場所に行く場合もある。

☆ グループもしくはチーム
二つ以上のユニットが集まれば、グループを結成できる。グループは統括責任者とコーチが指揮と指導を行う。

☆ フォーメーション
フォーメーションとは編隊、スポーツではチームでプレーを行う場合の動きの約束事である。バディおよび3人〜6人が同時に潜水した場合、その組み合わせと動き方の約束をフォーメーションという。

@ 3人のフォーメーションは、一つのバディと一人のリード・ダイバーまたはコーチ(指揮、監視にあたる)で構成することが望ましい。
A 4人は、二つのバディになるので、二つに分かれやすい。
B 5人は、二つのバディと一人のリード・ダイバーまたはコーチである。コーチ、リード・ダイバーの人数が少ない場合には効率が良い。
C 6人以上は、複数のコーチとリード・ダイバー、あるいはガイド・ダイバーが安全管理をするべきフォーメーションであるが、水中での隊形維持は難しい。

☆ スクランブル
バディが離れてしまった場合は、ダイバー・ロストであり、すでにニヤミスであり、適切な処置(活動マニュアル参照)をとらなければならないが、フォーメーションが崩れて、例えば5人のフォーメーションが、3:2 に分散した場合には、バディが維持されている限り、そのまま作業を続行することが出来る。そして、あらかじめミーティング・ポイントを決めておいて、再度集合するか、あるいは基地に戻るなど、計画書で決めておく。打ち合わせが出来ていて、離れて活動するような状態をスクランブルと呼ぶ。散開、展開などと言う語を当てはめることもできるが、ここでは、アメリカン・フットボールの用語を借りた。

☆ ソロ・ダイビング
エントリーするときから、エキジットするときまで、一人で行動する形をソロ・ダイビングと呼ぶ。

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